品川弥二郎

足軽の家生まれで、15歳で松下村塾に入る。尊王攘夷運動に奔走し、高杉晋作のイギリス公使館焼き討ちや禁門の変にも参加している。学識の深さはないが、人情に厚いと松陰に評されている。前原一誠が萩の乱を起こす前に最後の説得をしたのも品川と言われている。戊辰戦争のときに、新政府軍が軍歌として唄った「トンヤレ節」の作詞者として知られている。また松陰の遺志を継ぎ「勤王の志士を祀り、その肖像や遺墨などが保存される」尊攘堂を建造。現在は京都大学構内にある。また功山寺にある尊攘堂も、品川から桂弥一に託されたものである。

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