野山獄


「野山獄」は安政元年(1854)海外密航に失敗した「吉田松陰」が投じられた獄として知られている。

このすぐ向かい側に「岩倉獄」があり、共に捕らえた弟子の「金子重之助」が投獄され、命を落とした。

藩内の論争で脱藩の罪で捕らえられた高杉晋作も野山獄に入牢し、獄の中で「投獄文記」という手記に「先生を慕(した)ふて漸(ようや)く野山獄」と残している。

「甲子十一烈士」ら「正義派」だけでなく、「俗論派」の「椋梨藤太」など多くの人物が処刑されたところでもある。

住宅街の中に位置するこの獄舎跡であるが、現在は当時の敷地の一部を保存して碑が建てられ、幕末動乱の様相を残す重要な史跡となっている。

(記述:槇垰賀之)

前の記事

萩藩校明倫館