崇福寺


高杉晋作は、丸山で遊び呆けていたばかりでなく、英会話の勉強もしたそうである。彼は清国行きを効果的にする準備をしているが、とくに海外の事情に詳しい人々を訪ね情報収集に務めている。崇福寺に滞在していた宣教師のウイリアムズやペーパーバックに、アメリカの南北戦争や清国の内乱の最新情報を聞く。アメリカには日本のような身分制度はなく、ワシントンのように能力さえあれば、誰でも大統領になれるなどの話を聞いた。他にも英会話を習ったり、フランス、ポルトガル、アメリカの領事を訪ねたり、延々と続いた長崎滞在も得るところが多かったようである。

そして5月には、五代友厚らとともに、幕府使節随行員として長崎から中国の上海へ幕府の千歳丸で渡航を果たす。
長崎は「晋作が、世界を意識し欧米による植民地阻止を考えた」大切な場所であった。

(記述:原田哲也)

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