東鳳翩山と鰐石川

晋作が人生の再スタートをした際に詠んだ、漢詩の中に登場する山と川

 鳳岳脉遥跨中国 鰐川水即到西洋 佳肴肥腹酒洗肺 万地物天初顕年(鳳岳の脉は遥かに中つ国に跨り、鰐川の水は即ち西洋に到る。佳肴は腹を肥やし酒は肺を洗う。万地の物天初めて顕るるの年)

 この漢詩、「鴻城偶成」は、晋作が、藩主・毛利敬親の命を受け、萩から山口に呼び寄せられた、文久3年(1863)6月5日頃に詠んだものといわれている。

 鴻城とは山口の異称である。そして、鳳岳とは鳳翩山のことで、東鳳翩山と西鳳翩山の総称である。鰐川とは、東鳳翩山の北東斜面に源を発し、宮野、山口盆地、小郡を経て瀬戸内海へと注ぐ椹野川の、鰐石橋周辺の川、鰐石川のことである。この辺りからは西鳳翩山は見えないため、この詩の中でいう鳳翩山とは東鳳翩山のことであろう。

 この日を迎えるまでの2カ月間、晋作は、萩郊外松本村の草庵で、静かな日々を送っていた。東方で国事に奔走する友人たちに思いを馳せ、眠れぬ夜もあったことだろう。
わが国全土に続く東鳳翩山の脈、西洋まで通ずる鰐石川の流れ。肴で腹を満し、盃を傾ける。この世にあるもの全てが新鮮に映る、そんな季節の中、希望に満ちあふれた25歳の晋作は、山口の町で人生の再スタートを切ったのである。

(記述:松前了嗣)

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